五代松老人物語 ノミを握って30年“五代松老人物語”
五代松老人”五代松鍾乳洞名水ごろごろ水五代松老人新聞記事

12、3歳の頃から少年の“ごよにい”は家業の植林を手伝っていたが、この少年の心を強くとらえたのは、杉植えや下刈りではなく、山へ通う往復の途中、ゴウゴウと大地の底からひびいてくる水の音だった。それは村人たちが“ごろごろ水”と呼んでいた場所なのだが、いつの間にか少年は「この奥にはきっと鍾乳洞があるに違いない」という、途方もない想像をするようになった。そしてこの想像は年とともに少年が成長するに従い、いつしか信念へと成長していった。


その後、大阪の親戚へ働きに行っていた“ごよにい”は二十六歳の時に呼びかえされて小菊さんという可愛い娘さんと結婚し、家業をついだ。しかし頭にこびりついて離れないのは、あの、大地の底から、魂をゆるがすように響いてくる水の音である。“ごよにい”は山へ行くような顔をしてソッと手がかりを探し始めた。そして長い時間をかけて、確かにここだという強い自信ができた。ある日ちっぽけな人間の意思をアザ笑うかのようにたちはだかる岸壁に、処女鎚のこだまを響かせたのだった。大正十四年“ごよにい”43歳の時のこと。


それはすぐ谷あいの村に知れ渡った。村人たちは「可哀そうに、気が狂うた」とささやきあい、女は「ほんにイロ(あなた)は情ない人じゃ」とグチる。すでに三人の子をもつ働き盛りの男が、家庭を捨ててくる日もくる日も、アテのない岩堀りでは、気違いというウワサも無理はない。が、見果てぬ地中の楽園を追う“ごよにい”のひたすらな姿に、いつの間にか小菊さんもまきこまれ、大阪の浪華商業へ通学中の長男君(当時17歳)も学校をやめて手伝いはじめた。そして7年目の昭和6年9月、第一の鍾乳洞を掘りあてた。が、喜ぶ家族をシリ目に“ごよにい”はこうつぶやいた

「・・イゲ(私)が考えてたのは、こんなちっさなものじゃない。もっともっと大きな洞じゃ」


岩を掘る澄んだ音は、一日も休むことはなかった。しかし支出ばかりで収入のない一家は貧乏のどん底へ落ちた。山はとっくに売りつくし、わずかにワサビを売る金が、生命をつなぐ糧にかわるばかりである。けれどもどんな障害も“ごよにい”を断念させることはできなかった。一家はひと振いごとの鎚に祈りをこめながら掘りつづけた。


昭和11年のある日、次男の邦政君のふりおろした鎚が、ドンと太鼓のような音をたてたかと思うと、突然ポカリと穴が開いた。
「ととッ、でっかい洞や、うちより広いわ!」
邦政君の叫びに、一家は手をとり肩を抱いて喜んだ。夢中で穴に追いこんだ“ごよにい”の目は涙でくもり、天井といわず、自然が描いた大彫刻が、少しも見えなかったという…。

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